少し前の話になるのですが、5月14日の日本経済新聞朝刊の経済教室に、弁護士であり現在早稲田大学客員教授でいらっしゃる武井一浩先生の論考が掲載されました。
テーマとしては、金融危機下の資本市場の活性化という観点から、経営陣と株主の対話促進の重要性を述べられていました。経営陣と株主との対話ということからすれば、会計も無縁の話ではないだろうということで、この論考を読んでみることにしました。
今回の金融危機では、グローバル資本主義や市場原理主義という名の下に短期的な自己利益追求という空気が蔓延したことに対する批判が多く寄せられれている。
しかし、今日の資本主義経済において、株主や資本市場からの信頼を得てリスクマネーが供給される環境が整備されることは必要不可欠であると考えられる。武井先生の言葉を借りるまでもなく、いくら間接金融の進んだ日本といえども、株主や資本市場から信任されない企業に対してまで資金供給が行われることはないであろう。武井先生は明言されていないが、短期的な自己利益の追求の是非はともかく、株主や資本市場からの信頼を得るということは会社運営にとっては極めて重要なことであると考えられる。
この株主あるいは資本市場の信任という観点からすると、所有と経営が分離している上場企業においては、経営現場と株主の意見の相違が見受けられることがある。この意見の相違(対立)が一定の水準を超えると株主総会における株主提案や委任状合戦、あるいは敵対的買収といった動きが起こることとなる。武井先生によれば、このような対立はどのような資本主義国においても頻繁に繰り返されており、このこと自体は資本主義社会の中では不可避であり、また否定すべきことでもないとなる。
しかし、その一方で、このような対立を不可避なものとして放置するのではなく、両者の相互不信を深刻化させないための工夫が必要だと武井先生は述べられている。当たり前の話ではあるが、ステークホルダー間の相互信頼は資本主義社会や市場メカニズムを支える重要な前提条件ということにもなる。
武井先生は、このような相互不信の広まりを抑えるためには、会社の構造がステークホルダー間の利害や論理をバランスよく調整することのできる「柔らかい」構造であるべきだと指摘する。この「柔らかい」構造を実現するためには、様々な利害が吸収されるような「クッション」が随所に盛り込んでおくことが1つの工夫になると述べられている。そして、この「クッション」の1つの例として挙げられるのが、株主と経営現場の間に生じる利益相反の現場に対応する会社の機関を挟み込むという手法であり、一般にスーパーバイザリーボードと呼ばれている。スーパーバイザリーボードという横文字を用いるとイメージしづらいかと思われるが、現行の会社法における監査役あるいは社外取締役が該当するとされる。
このスーパーバイザリーボードの重要な機能として、経営判断において適正にリスクが取れる体制を現場で支えることを武井先生は挙げられている。人間を「性悪説」的にとらえたリスク管理体制は日本企業になじみにくいが、組織の論理等に影響され、結果として企業価値を高める業務執行が行われない組織人としての「性弱説」に対しても一定の自浄機能が期待される。
5月28日付のブログで、上場企業に社外取締役の設置を義務付けようとする動きがあり、その背景に、買収防衛策などを巡って株主と経営陣の利害が対立する事例も多くなり、投資家の間から、「監査役制度では経営の監視が不十分である」との声が出ていることが挙げられていました。その時のブログには、なぜこのような議論が起こるのか私には理解できないとコメントしたのですが、武井先生の論考は、私の疑問に対して1つの回答を与えてくれているように感じました。
つまり、経営現場と株主との相互不信を広げないための「クッション」の役割を果たすべき会社の機関として、日本企業の大多数は、監査役制度を導入しています。しかし、この「クッション」の役割を果たす監査役には、人間を性悪説的に捉えたリスク管理(監視)という観点よりも、企業価値を高めるような業務執行の管理(監視)という観点からの経営の監視が期待されているという風に考えることはできないでしょうか。
経営の監視を企業価値を高めるような業務執行の管理(監視)という側面で捉えた場合に、最も適切な機関設計とは何かというのが先程の議論の本質のような気がしてきました。適法な企業運営(コンプライアンス)も重要ではあると思うのですが、資本市場の活性化という観点からは適正な経営判断を監視する役割の方がより期待されている、これが、社外取締役制度への期待となって表れていると考えることはできないでしょうか。
武井先生は、経営者と株主の相互不信の解消には、もう1つ双方の対話が欠かせないとして、IRの重要性を指摘されています。この点についても、またいつかこのブログで取り上げてみたいと思います。
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